カミセンの学校昔ばなし

このサイトの編成

 学校生活の中などでいろいろな場面であったことですからまとまりはありませんが、昔の記憶の中から探したものをまずはメインメニューに載せ、その後左にあるそれぞれの話題に移動します。
 ここには、上記にタイトルに関係して気付いたり話したり書いたりした文書を載せてあります。

卒業文集

 「人生を支える言葉」

 自分の人生を振り返ってみると、「この言葉に支えられているな。」と思える言葉がある。
 一つは、高校の先輩が、学校新聞に書いた言葉である。
 高校時代、何の目的も持たぬまま、人生をどう生きようかと迷っていた時、ある先輩が「ニュートンやライプニッツは、神のために学問をした。私は、人間のために学問をしたい。」と書いた文を読み、とても感動した。
 それ以来、なまけものの私は、少しずつ勉強を始めた。人間のための学問を。そして、教師になったのも、その言葉に影響された部分が多いと思っている。この言葉は、「人生を変えた言葉」と言っても言い過ぎではないと思う。
 もう一つは、ソフトテニスの指導者として高校生を教えているとき出会った言葉「一球入魂」である。
 もともと、野球から出た言葉だが、テニスでは「今打とうとしている球は、二度とはこない。全神経を集中して大切に打とう。」ということになる。
 そこから私は、「今日、今という時間は、二度とはこない。今やることに全力を尽くそう。今を大切にしよう。」という意味の人生訓として使うようになった。この言葉は、今でも座右の銘として、いつも心の中に刻み、なまけようとする心が出てきたときに頭の中で唱えては、自分を奮いたたせている。
 みんなも、このように自分の一生を左右するような言葉や自分を支えてくれるような言葉に出会うだろう。だから、言葉を大事にしてほしい。そして、いろいろな言葉から生き方を感じる心を培ってほしい。今、君の聞いた言葉が「人生を支える言葉」かもしれないのだから。(H13)

 

「やさしさ」と「強さ」

 みなさんは、「やさしさ」と「つよさ」どちらが欲しいと言われたら、どちらを選ぶでしょうか。
 昔、ハードボイルド小説の中で探偵フィリップ・マーローが言ったものです。「男は、強くなければ生きていけない。しかし、やさしくなければ生きている資格がない。」と。
 私は、間違いなく「やさしさ」を選びたいと思います。私の子どもが小学生の頃、よく泣かされて帰ってきていました。その時は、人をいじめる強さよりも、泣かされてもやさしい子であればいいと考えていました。
 しかし、弱いからやさしいとは言えないのです。ねむの木学園の宮城まり子さんの「やさしくね、やさしくね、やさしいことはつよいのよ。」という言葉に共感を覚えました。確かに、「やさしさ」と「つよさ」は反対語ではなく共通語のように思えるのです。
 人間に本当の「やさしさ」があれば、強くなれると思うのです。人にやさしいということは、相手のことを思いやるということです。そのことが、強さを生みます。弱いものをかばう強さ。相手のためには、自分を犠牲にすることができる強さ。本当に強くなければ人のために何かをするなんてできないのです
 ぜひ、やさしさを武器にしてつよい人間になってください。 最後に私の大好きな言葉を書いてお別れすることにしましょう。お元気で。楽しい日々をありがとう。
 「怠けるものは 不満を語り
  努力するものは 希望を語る」
ぜひ、希望を語って生きていってください。

 

「人生は一瞬の積み重ね」

 みんなは、学芸会や音楽会等の行事をした後、「もう終わってしまったのか。」とあっけなく感じることはないでしょうか でも、それが無駄だと思ってしまったら、良いものはできないのです。一瞬で終わるものにも、全力で取り組み努力していくことで、きっと自分にとって良いものができると思います。 そういうことを繰り返していくことが、自分自身を成長させ次にやることをより良いものにしていくのです。そして、それは、まわりにもきっと善い影響を与えてくれると思います。
 スキーだって、今だからこそリフトなんていうものがあって山の上まで運んでくれて滑り下りる爽快感しか味わわないのですが、昔は、山のてっぺんまで歩いて登ったのです。滑り下りる爽快感を味わうためには、地獄のように苦しい登りがあったのです。一瞬で滑り下りるために、その何十倍もの時間苦しさに耐えて登らなくてはならなかったというわけなのです。
 人生ってそんなことの繰り返しではないのでしょうか。そういう無駄のような時間をいっぱい経験することこそ人生に立ち向かう勇気を与えてくれるものだと私は思っています。
 苦しいことを乗り越えることを多く経験すると、きっとその後が充実すると思うので、みんなも嫌がらずにいろいろなことに挑戦してみましょう。爽快感を得るための準備だと思って。 また、私たち人間は、過去の人たちから多くのバトンを手渡されてきました。そして、過去の人たちも一瞬を積み重ねてきたのです。私たちは、そのバトンをできれば良いものにして未来の人間に手渡したいものです。だから、自分のために、そして、未来の自分とその後を生きていく子ども達のために、未来に向かって今という一瞬を精一杯の生きようじゃありませんか

 

「過去は過去」「未来」のために「今」を生きよう

 みんなは、「大人なんかになりたくない。子どものままでいたい。」なんて思っていないかい。そりゃあ、責任はないし、自分で働かなくても生きていけるし、なんて言ったって勉強と遊びをしていればいいのだから、天国みたいなものだよね。
 私だって、子どもの時に戻りたいって思うことだってある。だけど、それは、現実的に無理だし、そういって逃げているわけにはいかない。大人の社会は、そんな甘くはないからね。
 だから、いつも未来を楽しく暮らすために今をどうすればいいかを考えることにしているんだ。過去のことは、そのための基盤にしか過ぎない。そうやって暮らしていると、どんどん基盤がしっかりして、また、今や未来が楽しくなってくるんだ。 大人になっていいことは、何といっても子どもの時に見えなかったことが見えるように、分からなかったことが分かるようになることだ。だが、良い大人になるかならないかもその受け止め方で決まってしまう。
 人間の行く末は、不透明だ。だから、恐いという人もいるかもしれない。安全だと思っていた家が、地震でメチャクチャになってしまった事だってある。いい会社に就職するのが安全かというと、そうでもない。いつ倒産するかもしれない。人間に安心なんて言うことはないんだ。
 だけど、だから人生って面白いんじゃないだろうか。いつでも運の悪さのせいにしている人はいないかな。運は、開くものさ。もともとどうなるか分からないと思っていれば、どんな状況にも対処できるし、運も味方につけることができるんじゃないだろうか。
 さあ、今を精一杯生きよう。そして、楽しい人生にしよう。

page top