学校での出来事
学校で見た野生
最近、私は、自然の動物から多くのことを学ばせて貰っていると感じることがあります。
都会では自然がなくなったとはいえ、まだまだ多くの自然の営みと遭遇するときがあります。このごろは、その自然の営みが見えなくならないよう、見ないですまさぬよう、いつも気を配り、自然を感じられるようにしようと思っています。
先日、学校にヒヨドリの雛が落ちていたと届けられました。主事さんに世話をして貰いましたが、雛から虫が出てきているというので急いで移動させてもらいました。都庁の鳥獣保護の係の人に相談すると、なるべく早い内に元の巣に帰すことがいいと言います。もし、帰せないのなら、近くにカップラーメンの器かざるに入れて吊しておくと、親鳥がえさを運んでくるのでそうして欲しいと言われました。あくまでも、自然の営みを崩してはいけないのです。
そこで、主事さんに連絡しに行くと、なんと、もう親鳥が二羽で世話をしているというのです。元の巣より離れた場所にいるのに、声を頼りに探し当てたのでしょう。親鳥の雛を思う愛情の深さに感動しました。親鳥は、主事さんたちを睨み付けていたということですが、私も先日カラスの雛を確認しに行ったとき2羽の親鳥に囲まれ睨み付けられました。人間は、子どもを守る親鳥にとって敵以外の何者でもないのでしょう。
野鳥は、自然の中でしか育つことができません。以前、水に溺れる子ガモの話を聞いたことがあります。親とはぐれて、人間に育てられた小ガモは、泳ぐことができずに溺れてしまったというのです。水鳥であるカモは、初めから泳げるわけではなく、おしりから出る油を体に塗ることで水に浮く体を作るのですが、親をまねることによってそれができるようになるというのです。
また、子ガモは、母親の羽の中に抱かれ、そこから出入りすることで静電気を身に帯び、水をはじく体になるのだそうです。子ガモは、親の真似をし、親の懐で甘えることで生きるすべを身につけるのです。そして、子どもが自分でできるようになると、親鳥はもう何もしてやろうとはしません。厳しい自然で生きるため、突き放すのです。
どの鳥の親も子どもを育てるすべを知っています。私は、このように自然界の動物から学ぶことが多いことに改めて感心させられました。人間は、人間に害になるものを排除し、動物の中で1番偉いもののように振る舞っていますが、果たしてどちらがよい行いをしているのか考えさせられてしまいました。(H15.7)